海と陸の相互理解に、演出家としてできること

この記事はフィクションです。
 ──海と陸が手を取り合い始めた新時代。その歴史的なコンサートを演出することへのプレッシャーはありましたか。

演出家と言っても、ほとんど自分の色を出す余地はないですね。ええ、なんといっても全ての曲が、ご存知あのホレイシオ・フェロニアス・イグナシアス・クラスタシアス・セバスチャン氏の作曲ですから。

ああ、失礼、陸の方はあまりご存知無かったですね。

セバスチャンはトリトン王御用達の宮廷音楽家。
私のような者は遠く及ばない、まさに海の巨匠です。

……魚醤じゃないですよ、巨匠です。

──なるほど。偉大な作曲家が率いるプロジェクトを、フィシャーさん自身はどのようなものにしたいとお考えでしたか。

トリトン国王陛下からは、「陸と海の、皆が楽しめるコンサートを」との言葉をいただいておりました。

それを大目標に、どうすれば楽しんでもらえるだろうか、どのような楽しみ方が理想なのだろうと考えてみたとき、ふと、子供の頃を思い出したんです。
子供の頃って、なんか余程の事情が無い限りはとにかく騒いでいましたよね。

舞台なんか楽しくて仕方なかった。それがいつからか、「音楽・舞台を観劇するときは静かにしよう」というモラルやマナーが身に付くようになった。

必要なことなんですけど、それが効きすぎると演者側が応答を求めてる場面でも観客の反応が無くなってしまう。

私はこのコンサートを通して、一度そのバイアスを壊してみよう、と思ったんです。
私たちの世代はいちど、「トリトン国王領内音楽禁止令」を経験しています。
音楽を愛していたアテナ妃のご逝去を受けて国王陛下が塞ぎ込んでしまった時期です。あの頃の「音楽で楽しんではいけない」という極限の雰囲気は、音楽に携わる者であれば誰しも辛かったはず。

せっかく陸の方々をお呼びするのだから、音楽を楽しむ場で遠慮して欲しくない。

大人しく座って見るのではなく、手拍子などを通して演者の問いかけに答え、子供のように楽しめる。
そんなコンサートを目指しました。
──曲順にも拘りがあるそうですね。

「アンダー・ザ・シー」を最初に持ってくるのだけはいけない、とは思いました。

実はあの曲はアリエルがあまりに陸に傾倒するので、陸のくだらなさをオーバーに揶揄するためセバスチャン氏が作曲したものなんです。

あの曲をいきなり聞いてしまうと、その背景がストレートに伝わりすぎてしまう。考えに考えて、納得のいく位置に持っていけたと思います。

「陸での暮らしは辛いけど、海にいる間は忘れていいんだよ」というエールに聞こえるよう配置したつもりです。あの曲ではセバスチャン氏もシンガーとして歌うので、是非とも注目してください。

シアターの文字を支えるのは、モーガン氏の同僚のヒトデ達。彼らにも仕事があり、家族があり、生活に必死だ。


──セバスチャン氏の歌、とても聴いてみたいです。海と陸、二つの世界を結ぶ歴史的なコンサート。その見所は他に何がありますか。

正直に言うと、アリエルの歌声です。
正直過ぎますか(笑)。
彼女は陛下の末娘らしく気ままな子で、あんまりリハーサルに来ないので関係者からは呆れられてるんですけど。
歌声はとても綺麗で力強い。

演者さんたちは皆表現力に長けています。あとは陸の皆さんの受容力次第ですかね。あとこれはセバスチャン氏の力ですが、曲の内容が本当に分かりやすくて、陸でも海でも通じるような普遍的なメッセージが込められています。

相互理解のために、語彙などもあえて、陸の人に聞きなれたワードと、海でローカルに使われる言葉とをうまく織り混ぜているみたいです。 

──最後に、フィシャー氏が考える、「海と陸の相互理解に必要なこと」とは何ですか。

そうですね……アリエルのおかげで、陸に興味を示す海の住人は増えてきています。それだけでも大きな進歩ですよ。

陸には沢山の素晴らしいものがあって、その一方で陸ならではの辛いこともある。海も同じです。

陸の方々のようなしがらみは無くて、ヒトデだろうがヤドカリだろうが、実力次第で有名になるチャンスがある。

……けど、自由気ままに生きている訳ではなくて、油断していればサメに食べられてしまうという厳しい現実もあります。
沈没船近くには危険な鮫が彷徨く。海に生きる者達の日常は、極めて過酷なものである。
それらにまずは「興味を持つ」こと。「よくわからないから」といって何でも放置していては、お互い勿体ないと思うんです。
いい部分も悪い部分も、まずは興味を示さなければ理解できませんからね。

(文/写真:午前零時の幽霊)

この記事はフィクションです。
実在のアトラクションやエリアに関する一個人の創作であり、公式の設定を紹介するものではありません。

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